びーの日記

本とか、音楽とか、映画とか、絵とか。だいたいひとりごと。

移り変わる空と地上の話 朝日

 ゆらゆらと光が揺蕩う海底を思い浮かべた。まるで水底から見上げたように、藍から青へ、青から白へと色が折り重なり混じり合って奥行きを生み、それでいて手を伸ばして触れようとは思いもよらない程に透明なのであった。そう、あの空には手が届かないことを知っている。

 徐々に彩度を上げていく世界にひとり、朝日を待っている。正確な時刻は知らないし調べようとも思わなかった。ただ視界の端にまだ濃い闇の気配が残っているから、夜明けが訪れていないことは知っていた。

 

 思い出したように頭を巡らせる。周囲は山に囲まれ、渓谷に張り出した人工の足場が、人間の存在を意識させる唯一の物だった。ここには自分しかいない。しかし命の気配がする。それは大袈裟に言ってしまえば、この星の呼吸とでもいうのだろう。注意して音を拾うと微かに風が渡るようだ。

 もう日は昇っているのかもしれない。ここは山の頂でもないし、この場所から朝日が見えるのかも知らない。東の方向を注意深く探ってみても、ただあの辺りが一層明るいことが分かるだけだ。影さえ映さずとも、あの陽というものの存在感は圧倒的だ。その光と熱が一帯の空気をまるで夢みたいに変えてしまう。

 夜が明けたことにしよう。何気なく腕時計を確認しようとして、視線の先に上げた左腕がいつもより軽いことに気が付く。リュックには携帯が入っているが、改めて取り出す気にもならなかった。

 日に背を向けて歩き出しながら、ふと夜は何処へ行ったのだろうと思う。習い覚えた科学の知識が、この時ばかりは御伽話のように現実味がなかった。きっと、夜は西の方角に沈んで行ったのだ。そうして繰り返す天体の入れ替わりに、時間という意味を見出した人間の感覚を面白く感じながら、明日からまた新しい年が訪れることを不思議にも思う。その区切りもまた、人間にとってだけ特別なものなのだが。

 日に向けた背中があたたかい。その温もりに呼び掛けられたような気がして振り返る。相変わらず姿は見えないが、飽きるほど毎日律儀に繰り替えし顔を出す太陽が、そこにはいる筈だった。何か挨拶でもしようとして、そんな自分に苦笑する。

 

 今までもこれからも、自然というやつは人間に無関心だ。だからこそ人は、好き勝手にそこに意味を見出そうとするのだろう。否定もなければ肯定もなく、共感など起こり得ない。その一方通行な存在に、人は関わることをやめることができない。

 海底のイメージを思い起こそうとしても、振り返った景色の白に塗り潰される。その光に目を細めながら、明日から繰り返す一年できっとこの景色を思い出すだろうと感じた。記憶に焼き付けるように、目を閉じて大きく深呼吸をする。ゆらゆらと、光の名残が意識を揺蕩う。無意識に手を伸ばした。前へ。

 

 春にまたここを訪れようと思う。うまく行けば、空を切った手に花弁が捕まるかもしれない。そんなことを取りとめもなく考えながら、再び歩き出した。